\ えぬすぴブログ

カテゴリー: 心

 #1929  [

心療内科での診断の結果

これまで受けてきた「テスト」や診断の結果について、お話を聞かせていただいた。 忘れるかもしれないと、メモもさせていただいた。

  • 発達障害については、当てはまるところも矛盾しているところもあった。
  • 能力は高いのと低いのとで差もあったが、その低いのでも基準以上だった。

アスペルガー症候群など発達障害も含めて「診断:0(ゼロ)」だった理由は、このあたり。 自分でアンバランスに感じているのもそのせいかも、ということだった。

性別(トランス)のことも含めて色々なことが絡み合って、グレーなところも多くて、判断が難しいみたい。 わたしも「診断に向いていない」という自覚はあったので。

計算力や記憶力は高くて、素早さがなかった。

そのほかにもあった、わたしの特徴。

  • 心の発達に偏りが見られる。
  • 情緒の揺れが大きい。
  • 警戒心が強め。

性格的には、物事を客観的に見られるわりには、心があまり自由でなく窮屈に考えてしまうところがあるらしい。 警戒心は、そんなに強くないとも思っているけれど、子供のころにされたこととか、「外見」とか、相手の反応を気にする癖みたいな物がまだ抜けてないからかも。

診断がなかった理由がわかったほかに、わたしも「やればできる」という自信がついたのが、大きな収穫。 テスト、一生懸命できて良かった。

 #1799  [

「みんなちがって、みんな特別」という言葉

「みんなちがって、みんないい」というのは、金子みすゞさんの「わたしと小鳥と鈴と」という詩に出てくる言葉。

みんなそれぞれの良さがあるというのが伝わってくる。 テレビなどでは「マイノリティー」に対して使われることもある。

金子みすゞさんの作品は「青空文庫」にも公開されていない。 “作者の死後、関係者の努力によって発掘された経緯を踏まえ、取り組むか否か検討中。現時点では、入力を控えている。”――ということなのだそうだ。

 → 作家別作品リスト:金子 みすゞ

なので、一応ここでも詩の引用はしないでおくことにする。

「みんなちがって、みんないい」という言葉に対して、わたしはつい余計なことまで考えてしまう。 「良さ」だけなのか?……とか

みんなと言うと「仲間」のイメージにもなるけれど、そうとは限らない。 「好ましくない」と思ったり思われたりしている人も含まれる「みんな」だったら?

好きではない人に対しても、ちゃんと「いい」と思えるかどうか。

あと、他にも。

「完全」なものが一つだけだとすると、みんな「違う」ということは、みんな「不完全」だということにもなってくる。 正解が何通りかあれば別だけど。

不完全なものに対しても、ちゃんと「いい」と思えるかどうか。

と言うか、「人間」にできることなのかどうか……。

そんなこともあって、わたしは「みんな違って みんな'特別'」という風に思うようにしている。

自分が「不完全」ということを知れば、相手が「不完全」であっても寛容な気持ちに近づけそうだから。

もちろん、わたしも「人間」なので誰に対しても……という訳にはいかないけれど。 「みんな特別」と思えれば、少しはできるかも……:と思えるから。

前にも似たようなことを書いていたけれど、改めて肝に銘じるためにまた書いてみた。  → 「みんな」という言葉|えぬすぴブログ #1691

 #1775  [

「自閉症スペクトラム指数」チェック

「自閉症スペクトラム指数」チェッカーで、久しぶりに自己診断をしてみた。

 → AQ(自閉症スペクトラム指数)チェッカー|自閉症スペクトラム情報局

全50問の回答は次のようになった。

  • 01-10: 4231321344
  • 11-20: 3314213222
  • 21-30: 4223413332
  • 31-40: 3313133414
  • 41-50: 1233214324

結果は42点

基準値が変わっていないのなら、平均は16点(18点?)くらいで、境界となる閾値(いきち)は33点。

4年前の結果(自閉症スペクトラム指数 自己診断 | #1450)ともあまり変わらず、ちょっと増えただけ。 予想はしていた。

正直過ぎる友だちがいるとわかりやすい代わりに、落ち込むことにもつながるので、両刃の剣……。 とりあえず、自分の特徴を理解して心がけることしかないかな。

 #1768  [

目に見えないモノを考えるのがコツ

外見とか声とかの視覚、聴覚……感覚に心を奪われすぎた。

目に見えるモノは、もっと↓もっと↓少なく考える。

目に見えないモノは、もっと↑もっと↑多く考える。

それが今までの「コツ」だったのに、心に足りなくなりそうになるところだった。

もっともっと、そうすることにする。

でも、胸はなくならない方がいい。 髪は切りたくない。 好きな服装ができるのがいい。

ひげとか低い声とか○○○とかみんな、なくなった方がいい。

左目はいいけど、右目も同じように見えづらくなってくるのは怖い。

体の内部の感覚は鈍くしたいのに、気を紛らわせようと必死になってもなかなかできない。

まだ感覚に左右されてしまう、心は矛盾していて未熟……。

 #1748  [

自閉症スペクトラムとか性別とかで思うこと

もうだいぶ前にふとしたことから「アスペルガー症候群」というのを知って、ものすごく心当たりのあることばかりだったので自閉症スペクトラムチェックをしてみたことがあった。

現在も「自己診断」のプログラムは停止中。 自分の回答を見直してみると、数年前と変わらず今も33点を超えて40点くらいな感じだ。

それから、精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)が改定されて、「アスペルガー症候群」という呼び方がなくなり「自閉症スペクトラム」に含まれるようになった(のかな? 間違っていたらごめんなさい)。 なので、診断の仕方も変わっているかも知れない。

もし「性格」だとしたら変えられる?……かもしれないとも思うのだけれど。

みんなが良い方に努力してるのはわかっていて「自分も!」と思っても、“努力では届かないつまづきの様なものを感じてしまう”ということは、ボクも強く感じてきているところで。

特に、死ぬまで変わらない体の「性別」のことでも……。

「性別」のことに関してはお医者さんにかかっていないのが後ろめたいような気持ちになることもあるのだけれど。 身体の不安よりも「検査を受けたって変えられるわけじゃない」という気持ちが根強い。

相談しに行った病院で、後になって精神科(心療内科)も希望して何度か行ってみたのだけれど、時間が短くて割りに合わない感じが強かったので。 自分の考え方次第だし、具体的な効果のある薬の方がずっと役立ちそう。

こんなことを書いちゃっていいのかわからないけれど、人それぞれなのかも。 今、ちょっと変かもしれない(暗い?)。

 #1704  [

罪を憎んで人を憎まず(前回の補足)

昨日、じゃなくて一昨日の日記の訂正と言うか、補足を。

「人として見られない」というのは「一部」の人に対して感じること。 まわりの人がみんな悪い人という訳ではない。

仲良くしてくれる人もいるので、それがとても心強い。 そんな「百人力」になる友達の前では、一人分のマイナスなんてほとんど関係なくなる。

「人」を憎く思うような「負の感情」を持ち続けるのは心だけでなく体の健康にも良くない。

追い込まれたような悪い状況が続けば、人の気持ちは大きく悪化することもある。 悪い状況だから悪い人になるのか、悪い人だから悪い状況に陥るのか、判断が難しい場合もありそう。

ボクだって、疲れている時は知らず知らずのうちに嫌な人間になっていることがある。 友達に指摘されるまで気づかないこともある。 友達の方もよく「嫌な人間」になるのでお互い様なんだけれど(苦笑)。

「罪を憎んで人を憎まず」とはよく言ったものだと思う。 以前に思った「アガペー」に近いイメージがある。

雨に濡れるのは善人も悪人も関係ないのと同じ。 善人だけを避ける雨なんて聞いたことがないし(笑)。

……まとまらなくなったけれど。 できるだけ良いイメージの心を保って過ごしていきたい。 ただそれだけ。

 #1691  [

「みんな」という言葉

みんなちがって、みんないい」の中の「みんな」という言葉。

この「みんな」が無意識に「仲間」みたいなイメージになることがある。

例えば、LGBTの立場で「みんなちがって、みんないい」と言うと、LGBTに限定されてしまう印象になることがあるかも。

本当は、LGBT とかマイノリティー(少数派)とかマジョリティー(多数派)とかにも関係なく、「みんな」というのは「全ての人達」を意味するはずなのではないかと。

……ということは。

自分好きな人も嫌いな人も。

自分好きな人も嫌いな人も。

文字通り「みんな」含むことになるのかも。

……難しい。

何か「アガペー」――全ての人に平等に注がれる愛――にも似たイメージになる。 調べたら詳しく載っていたので、Wikipedia の記事も読んでみた(「フィリア」(隣人愛)というのがいいなー)。

 → アガペー - Wikipedia

特に思春期の時には、哲学チックにプラトニックな方向の「愛」のこともよく考えていたので(自分の体の性別が嫌なのに、それを深く思い知らされるようなのは今でも嫌なので……)。

……という性質のものだとすると、神様ではない人間の能力では限界の難しさということなのかも……? 

ボク自身は「人それぞれ」と思うことで心の解決を図っている。

何かあった時に落ち込まないようにするためにも、割りと便利な言葉でもある。 悪いことであっても、相手のその「それぞれ」の心の部分がボクにも伝わってきただけ……ということにして。

それこそ、人間業では限界がありそうなことだけれど、ボクは微力ではあっても、どうせなら良い心の方を伝えるようにしていきたい。 それも「幸せポイント」につながりそうだから。

それから、金子みすゞさんの「私と小鳥と鈴と」の本来の詩の意味とは違う解釈になっていると思うので、ご了承を。

 → 金子みすゞ.net | 431 私と小鳥と鈴と

 #1690  [

言葉はブーメラン

言葉はブーメランのようだ。

言ったことがそのまま自分に戻ってくる。 思いっきり投げたら思いっきり返ってくる。

戻ってくるまでが早いか遅いかの違い。 今すぐでなくても、いつか絶対に戻ってくる。

もし人を傷つけるような悪い言葉であったら、自分がケガをする。 受け止める技術がなかったら、ケガだけじゃ済まないことがあるかもしれないので、覚悟する必要もあるかも? 

「Scarlet」(妖しのセレス OP)の中の”言葉は無力で 時には銀のナイフになる”という詩を思い出した。 今回の内容とは微妙に合ってないのだけれど。 岩男潤子さんの歌声も好きで、今でも特に好きな歌。

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