\ えぬすぴブログ

 #1143  <<性別関連>>

性同一性障害の小6男児、中学も女子生徒として通学

性同一性障害と診断されていて女児として通学している男児が、来春、中学にも女子として入学することになるというニュースがあった。

小2で女児として通学しているというのを最初に知ったのは4年前。 そのことでボクもブログに書いていて、今でもよく覚えている。
 → “ほんとうのじぶん”

リンクをたどってみたら、今でも当時の記事が見られた。
 → 神戸新聞Web News ほんとうのじぶん 性同一性障害の子どもたち

小学6年になった今でも、まわりの生徒は本当の性別のことを知らないままだというのもわかって、それがとても気がかりになってしまう。

声変わりなど第二次性徴の時期にきているということなので、辛い感じがますます強くなっていくはずで…。 現実的には、まわりの人に隠し続けることも難しくなっていきそう。

また、本人が「仲がいい女の子の友だちには、体は男だと打ち明けるかもしれない」と言っているそうなので、いつかその時がくるのかも。

本人の精神的な負担もとても大きくなるはずだし、大人になるまで隠し続けるというのも現実的なことには思えないから、無理に打ち明ける必要はないという風には考えられない。

体の性別という「事実」は変わることがないし、事実は事実として伝えるのがいいんじゃないかな…と思う。

ずっと黙ってきたことをカミングアウトするわけだから、状況が大きく変わって、からかわれたりいじめられたりすることにもつながるかも。

それから、これまでの友だちからも、なぜ話してくれなかったんだろうと思われて、信頼されてなかったように思われてしまうかも。

でも、上手く言えないけれど、「事実」よりも「真実」の方が大切と思えるから。

知った後でも、心の深いところまで通じ合えるような「本当の友だち」がいれば、悪く思うたくさんの人よりも強い存在になるはずで。

今までよりもずっと心強くて支え合えることにもつながると思えるので、できるだけ早くそうできたらいいな…と思う。

ボク自身とは環境や状況が全然違うので。

ずっと女子だと思われてきたこととか、家族や先生たちなど協力する人が身近にいていつでも相談できることとか、そういうのがうらやましいと思ってしまう。 ボクが思い付かないような辛さもかかえているはずなのに。

ボクの場合は、自分に友だちができる感じが全然ないままで長い間過ごしてきて、ネットを始めてからようやく友だちのいる感覚がわかったように思えて。

高校と中学の同窓会で思い切って話したときも、かえって気を遣ってもらえているように思えてうれしかった。 それで、もっと早く学校にいる時期に、自分の気持ちがわかって話せていたらどうなったのかな…とも考えて。

自分のことばかり考えてしまうし、友だち付き合いに向いていないと感じることばかりだけれど。 かのんに会いに行ったり、おりちゃんとおしゃべりしたり、性別のこととか全然関係なくできるようになれて、とても良かったと思えるから。

誰にも話せないのと、友だちに何でも話せるのと、どちらがいいか…なんて、比べられないほどに思えるから。

つい『放浪息子』のお話を思い出した。 まわりでも気付いていて知っている友だちがいるというのと、性同一性障害という言葉自体が使われていないというのが違ってくるけれど。

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