\ えぬすぴブログ

 #1478  <<テレビ>>

少数派(マイノリティ)でも…

前のブログに書いてから、久しぶり。 その「ハートネットTV」の再放送、昨日の1日目の再放送はまた見逃してしまったけれど(汗)。 今日の2日目の放送は見ることができた。

以前の「ハートをつなごう」とあまり変わらない感じがした。

そして、色々なことを考えた。 いつものように、テレビのこととはあまり関係ないことで(苦笑)。

思ったことを書き出していくと…。

「普通」という風に考えたり、その言葉の意味にこだわったりすぎたりするのは、あまり良くないように思った。 “生きづらさ”を余計に感じることにもつながりそうだから。

「自分は『普通』じゃないのでは?」みたいに考えて、不安になる気持ちも、よくわかるんだけれど。 …と言うか、自分もそうだったし(苦笑)。

例え話をすると、とても人気のあるタレントさんでも、100%の人に好かれているわけじゃなくて、中には好きではないと思っている人もいるはず。 そして、その「少数派」の人たちのことをみんな「普通じゃない」みたいに考えるのは、とても無理があると思う。

好きなタイプはみんな違うのが「自然」だから。 それに、昔から「十人十色」とか「蓼食う虫も好き好き」とか、色々言われてきていることでもあるし(笑)。

多数の人と違う気持ちだとしても大丈夫なはず。

性的少数派(マイノリティ)の人たちについても同じようなことで、普通とか普通じゃないとかじゃなくて。 みんな「特別」で、みんな違っているのが当たり前…みたいに考えるのが「自然」なんじゃないかなー。 どんな風に感じるか、自分自身の気持ち次第で、和らげることもできるはず。

▼ 恋愛ができない

「愛情を受けた経験が乏しい」「過去にひどい経験をした」などの理由で「恋愛ができない」と感じる人はいても。

ボクみたいに、そういう「トラウマ」みたいなものがなくても「できない」と感じる人は、やっぱり少なそう…。

体の性別が思い通りでないからとか、恋愛感情が出てこないからとか、そういうのはやっぱり少数派の中でも少数なんだろうな…と改めて思った。

もしも、ボクがふれあう恋愛をしたら、トラウマを通り越してしまいそうで、自分でもどうなるか、わからない…。 性別を思い知らされるのが嫌なのに…。

だから、お話や想像の中だったら自由だとか、「いつかどこかでできればいい」みたいな考えになる。

ボクがよく聴いている Kalafina さんの歌の中でも、特に好きなのが「red moon」。 その歌詞にも“恋に落ちて痛みを知り、人は人になれるのだろう”というのがある。

ボクはまだ、その「人」になっていないということになるのかも…と感じてしまうこともある。

でも、実際の自分自身のこととして‘以外’なら、「ふれあう恋愛」を嫌っているわけではないし。

恋愛かどうかに関係なく「好き」と思う気持ちさえあれば大丈夫と、いつも思い直している。 大切な気持ちを忘れないように、変に淋しく思わないようにしたいな…。

お仕事のこととか、むずかしいこともあって上手くいかないことがあっても、自分の気持ちまでダウンしないように、頑張っていきたいな。 あまりのんびりとはできないんだけれど(汗)。 焦らず、マイペースで…♪

▼ 同じカテゴリーの記事

コメント

コメントの投稿

※ 「名前」と「本文」以外は省略できます。

  • ※ 必須
  • ※ 必須
  •  → 確認ページ (メールアドレスの記入があっても公開されません)
10 ← 2019年11月 → 12
-----12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930



 Google サイト内検索

▼タグ(抜粋)