\ えぬすぴブログ

 #1772  <<性別関連>>

「TEDで絶賛されたあるトランスジェンダーのスピーチ」

いつものように検索していたら、「TEDで絶賛されたあるトランスジェンダーのスピーチ」という記事の後半があることがわかった。 5月に前半を読んで後編も気になっていたので、感想などを書いてみることにする。

父は受け入れなかったが母と兄(一卵性の双子)はありのままを受け入れた。 その後、みんなの説得で父が歩み寄るようになった。

家族関係は良好みたいだ。

小学校での「移行」は5年生になるまでは順調だった。 しかし、あることがきっかけで「ボディーガード」を付けられるようになり、それまでOKだった女子トイレもNGに。

ボディーガードという名前の「監視役」。 トイレの問題の解決、世界中どこでも難しそう。

転校しなければならなくなって、引っ越しで父と離れて家族がバラバラに。

新しい学校でも隠していなければいけないので、友達の家に遊びに行くこともできず「幽霊」のように過ごした。

そして、隠さなくてもよいプライベートスクールに通えることになった。 自分のことを話せる友達ができて、他の子にも話して皆が受け入れてくれた。

“私がトランスジェンダーだという事はみんなにとって大きな問題ではありませんでした。”

“トランスジェンダーであることは全く問題ないと思えるようになったんです。自分自身と、自分の身体を受け入れられるようになったんです。”

“私は女の子になる必要があって、それができないんだとわかるまで先に進めなかったこと。性別に囚われていたのです。”

“私たちは男女が分かれる法的な手続き書、パスポート、運転免許、税金、申請書、トイレまで、そのすべてにおいて思い知らされます。”

“皆さんには力があります、誰かの人生を変えることのできる力が。”

▽ 感想

たくさん端折ったので正確ではないけれど、このような流れだった。

英語もわからないけれど、動画も見た。 容姿も声も、女の人としか思えないくらい。

スピーチの中で印象に残ったのをいくつか。

「幽霊」のように過ごしたという例え。

自分の場合は少し意味が違うと思うけれど、精神的に「幽霊」っぽいところがあったかも。 思春期の記憶もけっこうあやふや。 「リアルに考える」ことを極端に避けていた……自分の将来のことなどは特に。

Nicole Maines さんみたいに、家族に受け入れられて、学校でも途中まで 受け入れられていたという環境でも難しいことがあるのだと思った。 そうでない人はもっと色々あるので、いったいどうすれば……。

そして、ここが一番気になったのだけれど……。

トランスジェンダーだということを皆に受け入れてもらえて、自分の身体を受け入れられるようになったというところ。 そして、「性別に囚われていた」と「過去形」になっているところ。 体はありのままでも平気になれたということなのだろうか? 

本当に心がそんな風に変われるのか?  自分は「全く無理」としか思えない。

もしも「奇跡的」なことが起こって、世界中に自分自身が何もかも「女の人」として認められたとして。

それで、「なくなってほしい」とか「取っちゃいたい」とかの気持ちがなくなるものなのかどうか。  自分には想像も全くできないのだけれど。

みんなから性別に囚われていると思われても仕方がない。 でも、今まで体の性別のことで、このままで良かったと思えたことはない。

「病気と闘っている人もいるのに」「生きたくても生きられなかった人もいるのに」……というようなことは、友達からも言われる。 もちろん、自分でも繰り返し思ってきたこと。

とにかく嫌だとしか伝えられない。

「女の人の体だったら」とか「ただ一度だけでいい」とか……そういう気持ちも消えない。 現実的には不可能に近くても。

そして、時間と一緒に「進む」しかできない。

どんな考え方をするかも含めて「人それぞれ」なんだろうか。

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