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母の病気のこと(2)

病気のことでは悲しかったですが、悪いことばかりではなかったです。 病気の発見も治療も順調だったと思います。

母の病気が分かるきっかけとなったのは目の出血でした。

眼科医院で診察を受けたところ、先生が出血の異常に気づかれて他の病院の先生を紹介するということになりました。 そして、血液に詳しい先生の診察を受けて、検査をして骨髄異形成症候群であることが分かったのです。

病気に詳しい先生に巡り会えて発見することができたのは不幸中の幸いだったと思います。

あと、目の出血の方は白目の部分が全部赤くなるほどのものでしたが、元通りに治って、その後また出血することもなかったです。

病気は難しいものでしたが、治療はとても順調にいったと思います。 主治医の先生を始め、看護師さんなど病院のみなさんのお力もとても大きかったです。

数種類の飲み薬と1,2週間ごとの輸血が主な治療でしたが、その副作用は全然なかったと言って良いくらいでした。 また、入院している時には毎日のように薬などの点滴があったのですが、それで調子が悪くなるということもありませんでした。 何度も針を刺した所はさすがに赤くなりましたが、血管は丈夫だったようで、困ることにはなりませんでした。

去年の秋に入院した時は、次々と調子の悪いところが出て、思ったよりも長引きました。 症状が落ち着いた後も数日置きに輸血をしないといけない状態が続きましたが、この時も薬が効いて退院できるところまでいきました。

ボク自身、母の入院中はいつもお見舞いに行くことができました。 精神的にも体力的にも不安がありましたが、ずっと続けることができました。

長い時間だと母の方も疲れるのではないかとか、いつもお邪魔することになるので他の患者さんのご迷惑になるのではないかとか考えたのですが。

母から「もう戻ってもいい」「明日は来なくていい」という風に言われませんでしたし、ボクも色々お話できるのが良いと思っていましたので、ずっと同じように続けました。

他にも、患者さんや病院のみなさんとも顔を合わせることになるので、最初はとても苦手に思う気持ちが強かったです。

主治医の先生や初めての方には、ボクの方から「性別」のことも話しました。 母が先に「事情があって…」みたいに話していたこともあったのですが。

でも、そのことで特に不快に思われるという方はいなかったようでした。 ボクにとってはとても大きなことで、安心もできることでした。

後で母にボクのことをどう思っているかを改めて聞いてみて、「気持ち悪いと思っていない」「いると安心する」という風にも言ってもらえて、それがうれしかったです。

母の死は悲しいことに変わりはないですし、ボク自身、気づかないことが多かったかも知れないとかもっとできたことがあったかも知れないとか考えるときりがありませんが…。

「自分にできることをしよう」と思いながらやってこれたのは良かったと思います。

母と一緒に過ごしてきた時間がなくなる訳ではありません。 そして、これからも支えになっていくのは変わらないです。

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