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「テレパシー」で考えたこと

「テレパシー」という言葉で、とりとめもなく考えたこと…。

「テレパシー少女 蘭」の蘭や翠みたいにテレパシー能力のある女の子ということで思い出したのは、筒井康隆さんの『家族八景』『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』(七瀬三部作)。

中学のころは特にSFをよく読んでいて、その中でも特に印象に残るお話だった。 最後に読んだのもだいぶ前なので、ストーリーはだいぶ忘れてしまっているけど。

単純に超能力にあこがれていたというのもあって、ボクにもそういう能力があったらいいなーとも思っていた。

ただ、今改めてよく考えてみると。 「実際に声を出さないで済む」というのも大きな理由だったかも。 自分の声は嫌いだったけど、特に声変わりした後は、しゃべる時に意識しないではいられなくなっていたから。

今では、以前よりは大丈夫になっている。

例えば、スーパーで探している物が見つからない時に店員さんにたずねることとか。 道を聞かれた時に答えることとか。 いぶかしい感じで見られることがあっても、思っていたよりも大丈夫と分かってきて、だいぶ慣れてきたし…(笑)。

特に、相手が友だちの時は、その「大丈夫」の度合いも大きくなる。

声の高さとか低さとかよりもそういう時の気持ちの方を大切にしたい。 そう考えることは考えるんだけど…なかなか難しいな…。

声と言えば、「ボクも女の人みたいな声が欲しい」と強く思ったことが最近もあった。 それは、お母さんに付き添っていた時…。

意識がもうろうとなった後は、会話するのも難しくなっていて。 ボクが話しかけても返事がないことばかりで。 薬を飲んでもらう時もそんな様子で。

ボクが「お薬を飲んで」と何度言っても口を開けてもくれないのに、たまたまやってきた看護師さんが一回言うと、すぐに言うことを聞いて口を開けた。 その度に、ボクの気持ちは複雑になった…。

「年中聞いている声だから空気みたいな感じなのだろう」とか「声が低くて小さいから聞き取れないのだろう」とか、何か理由はあったとは思ったんだけど。 わざと…なんてことはないはずなんだけど。

ボクも違う風に話せたら…と強く思った。 でも、自己嫌悪に陥らないようにはしようと心がけていた。 ボク一人の時でも、お薬を飲んでもらえる時もあったし。

それから、言葉が聞き取りにくくなってきてから、何をして欲しいのかも分からなくなってしまったから。 テレパシーみたいなのが欲しいと思った。

でも、実際には。

人が思っていることがどんどん頭の中に入ってきたら、気が休まらなくて大変だろうな。

ボクのことを悪く思う人の考えも入ってきて。 「化け物みたい」とまで思われることはないとしても、もし少しでも「気味が悪い」とか思われていたのが分かってしまったら、やっぱりショックになるかな…。

他人の気持ちばかりで心がいっぱいになって、自分の本当の気持ちもまとまらなくなって分からなくなってしまう。 そういうのも嫌だな…。

お互いに「自分の言葉」で話をして、気持ちのつながりを感じられる。 そういうのがいいな。 そうできる人がいたらうれしいし。 大切なことだから、これからも忘れないようにしたいな。

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