\ えぬすぴブログ

 #744  <<性別関連>>

13歳のころ(昨日の続き)

▽ (寒くて中断したあとの、昨日の続き)

ボクが13歳のころ、どうだったんだろうと考えてみた。

性別では反対の立場になるけれども、制服に対しての意識は強くあって、学ランがとてもイヤだったな…。 首もきついし、心まできつくなるようだったし…。

何学期かの始業式に、学ランを着ないでYシャツでいたので目立ったことがあって(笑)。 終わって出るときに生活指導の先生からきかれて、「あまり寒くなかったので着ませんでした」という風に答えたよ。 寒くないというのはウソでもなかったし(笑)。 その時の1回だけで、「不良」に思われることもなくて、特に問題もなかったけれど(苦笑)。

自分でも「性別」のことはよく分かっていなかったけれど、それから第二次性徴期になって、それまでよりもずっと、体のことでイヤだという気持ちが強くなってくる…。

万に一つでもいいから何事もないままで…と思っていたけれども、自分が「男」だということをイヤでも思い知らされて、どうしようもできなかった…。 30年以上も前のことになっても、もちろん忘れるはずのないこと。

何かに集中しようとしたり本を読んだりして、とにかく頭の中で現実逃避することばかりだった。

自分が変わっているという自覚はあって、「性別」のことでも「好き」ということでも、まだ自分はそこまで考えることができない気持ちだと思っていて。

自分のことを「ヘンタイ」だと思われるだけなのに、もしも「男じゃない方がいい」と思っていることがまわりに分かってしまったら、もっとひどくてつらいことになる…と思っていて。

話すのは絶対ダメだと思って、誰かに話すことなんて考えなかった。

友だちというのもどういうことかよく分からなくて、自分にもできるとか自分で作ろうとか、思いつきもしなかった。

“一人になるのが怖い”というのは本当で。 あきれられて、話しかけてくれる人もいなくなったら…と想像するだけで、ボクも怖いと感じたと思う。

ボクの場合、今になってもあまり成長していないような…。 気持ちがよく分からないのも、自分のことばかりになるのも、性別のことで良く思えないのも、ずっと同じで。

生理的にイヤだというのも同じで、もしも和らげるもの(薬)がなかったら全然違っていたはずで。 ケモノみたいな感覚、もうよみがえってこないで欲しいと思う。

女の人の服でいられるのも和らげることになるけれど、それに頼るだけでなくても大丈夫になってきて、体が落ち着いていられるというのが、とても大きなこと。 以前よりも、という意味で、イヤだと思うのは変わらないけれど。

あと違うのは、打ち明けることができるようになったり、誰かと話せるようになったこと。 隠さずに何でも話せる人もいるということ。 ボク自身が気づいていないことも分かっているような人もいるということ。

友だちのことを「本当は大切に思っていない」という風に言っても、それでも「一人」になることから助けられているということ。

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